安定成長期の無理のない移行

西ドイツが、1950年代近隣ヨーロッパ市場への輸出を伸ばして高度成長を遂げていったことはよく知られています。


1950年当時、ヨーロッパ主要各国の通貨は、西ドイツのマルクも含めて対ドル自由交換性を回復していなか(、た。


そうした中で、ヨーロッパにおける貿易を自由化し、経済規模を拡大するためには、アメリカから一応独立した形で、ヨーロッパ域内だけにでも、実質的な通貨の自由交換性を保証する仕組みが必要でした。


1950年に設立されたEPU(欧州支払同盟)は、ドルを共通の計算単位とする多角的な決済機構としてスタートしました。


しかし、EPUは単なる精算所の役割をこえて、金融の機能も持っていました。


貿易債務国にはクレジット(信用)を与え、それでも赤字が解消しない場合にはその大部分をEPU融資による金またはドルで決済させました。


その原資にはアメリカから出資された3億5000万ドルが充てられました。


西ドイツは、このEPUのメリットを最大限に生かしてヨーロッパ域内の貿易を拡大していきました。

ある男の話

沖縄にはたくさんの伝説、民話が伝わっています。


わたしが知っているのは、沖縄ツアーで人気のある糸満に伝わる民話。


それはとても独特で面白いものなのでここで少し紹介しようと思います。


あるところに、鮫島という男がいました。


鮫島は母や妻から渡された心づくしの手土産を携えて、一年ぶりに糸満へやって来た。


美殿はなつかしく出迎え、家に招じ入れると、新妻も顔を出し、夫婦並んで挨拶した。


鮫島は新世帯のお祝いを述べた後、つづいて、去年、鹿児島の家へ帰った夜の出来事を打ち明けて、家内を守って同余していてくれた母上とも知らず、あわや抜刀に及ぼうとして、ふと美殿にきいたあの金言に思い当り、ぐっと踏みとどまることが出来た。


もしもきいていなかったら、私はすんでのところ、大罪を犯しただろう。


今頃は報いを観面に受けて、うかぶ瀬もない奈落の底を、這いずり回っていたのではあるまいか。


「有難うよ、美殿!おぬしのことは、一生恩に着る!おぬしは命の恩人だ!」


鮫島が頭を下げると、美殿は「とんでもねえ!」と奥から用意の金を運んで、鱗齢の前に耳を揮えて並べ、深々と頭を下げた。


「あのことがお役に立ったとすれば、お礼はわしの申すべきことどうぞお頭をお上げ下さりませ。


わしは旦那様から命を助けられ、懸命で働いて、お返しの金の外、蓄えも少々出来るようになり、女房も迎えました。お陰さまです。どうぞこれをお手許へ」


金子を差し出すと、鮫島はそれを押し戻した。


美殿は「とんでもないこと、わしがいただいては、筋が通りません」と突っ返す。


金の処置に困りはてた両人は、先に美殿が隠れていた洞窟の、岩根のあたりを掘り返してそこに埋め、ふたりの志を永く残すことにした。


伝えきいた糸満の人々は、ここの岩を白銀岩と名づけ、神を迎えて祠を建て、鎮守として尊信するに至った、といいます。

ワインの原料

ワインほど原料の品質の影響を受けるお酒はないといわれています。


それだけに原料ぶどうに関する知識ばワインを知る上で大切です。


ぶどうの品種は大きくヨーロッパ系のヴィニフェラ種と、アメリカ系のラブルスカ種とに分けられます。


ワインの原料として適しているのはヨーロッパ系品種の方です。


コーカサス黒海沿岸地方を原産地とし、夏季に雨量が少なく乾燥した温暖な気候で、石灰分の多い比較的痩せた土壌でよく育ちますが、病害虫に弱いという欠点もあります。


これに対してアメリカ系のぶどうは北米の湿地帯を原産地とし、酸性土壌や多湿地帯でもよく生育し、病害虫に強いのです。


しかし、ワインにした場合、フォクシーフレーバー(孤臭)とよばれる特有の香りがあるので、一般にあまり喜ばれません。


赤ワインに使用される品種は、果皮が濃いぶどう色をした黒色系ぶどうです。

ワインの歴史 3

日本へは、1549年にポルトガル宜教師フランシスコ・ザビエルが赤ワインを持ち込んだのがはじまりだとされています。


信長もこのワインを「チンタ酒」と呼び、珍重・愛飲したそうです。


日本で本格的なワインの製造が始まったのは明治時代。


山梨をはじめとして、青森、北海道、滋賀、栃木、長野、新潟、神奈川の各地でワイン醸造が開始されるのですが、このような生ぶどう酒は当時の日本人の嗜好には合わなかったようです。


しだいに日本のワインの主流は、香料・アルコール・砂糖で調味された甘味果実酒へと変化していきました。


このような甘味果実酒の時代が長く続いたのですが、昭和40年代になって多くの人々が海外でワインを飲むようになり、それにつれてしだいに国産ワインの消費数量も増大したようです。


現在では、国際的にも高い評価を受けている品質の優れたワインが我国で生産されております。

ワインの歴史 2

15~16世紀の大航海時代にはヨーロッパ人種により開拓された植民地(南アフリカ、オーストラリア、南北アメリカ等)でもワインがつくられるようになりました。


17世紀になるとガラスびんやコルクによって、ワインの貯蔵や運搬が簡単になり、世界中でワインが飲まれはじめました。


又、この頃よりシャンパンのような発泡性ワインもつくられるようになりました。


一方、蒸留技術の発展につれてブランデーの製造が開始されるようになると、アルコール強化ワインの製造も開始されます。


19世紀には現在のシェリーやポートのようなお酒ができあがりました。


1863年、ローヌ河畔に端を発した害虫フィロキセラはヨーロッパ系のぶどう樹に大きな被害を与えました。


やがてそれは全ヨーロッパに蔓延しワイン産業は大きな危機に直面します。


しかしその後、フィロキセラに抵抗性のあるアメリカ系ぶどう樹への接木による新しい対策が発見され、この苦境を克服したという歴史もあります。

ワインの歴史

ワインの歴史は古く、紀元前6000年頃にはすでにぶどうの栽培やワインづくりが始められていたようです。


紀元前1700年頃つくられた古代バビロンのハムラビ法典には、ワインづくりの規定が書かれており、又紀元前1500年頃のエジプト王の墳墓の壁画にはワインづくりの模様が描かれています。


このような古代文明の発祥地であるメソポタミアやエジプトの地で始められたワインづくりが西へはフェニキア人の海上貿易によりギリシャへと、東へはシルクロードを通って中国へと伝えられたのでしょう。


古代ギリシャ人は、ワインを水割りや蜂蜜を混ぜて飲んでいたそうですが、やがてローマへ伝わるにつれ、ストレートで飲まれるようになりました。


ジュリアス・シーザーの強大な軍事力を背景とするローマ帝国の拡大と「ワインはわが血なり」と述べたキリストの教えの普及によって、ヨーロッパ中にワインづくりがひろまりました。


ゲルマン民族の大移動やイスラム教のヨーロッパへの侵入は、一時ワイン文化を停滞させたものの、中世の王候・貴族がワインづくりに熱心であったため、8世紀頃には再び盛んになりました。


その後、各地の修道院を中心にワインづくりが発展し、12世紀頃にはかなりの量が飲まれるようになりました。

ビールのきき酒

1.まず、ビールをグラスになみなみ注ぎます。


この時、ビール7分、泡3分となるよう注ぎ方を調整します。


2.泡立ち、泡もちを見ます。


一般に、きめ細かく、泡もちのよいものが良いとされます。


3.色を見ます。


色はビールのタイプによって違いますが、普通のビールの場合には、輝きのある黄金色がよく、赤みがかったものは劣化しています。


4.香を見ます。


ピルスナータイプの場合は、フレッシュなホップ香と麦芽の香、それに酵母による発酵香が快いバランスを持つのが良いビールです。


5.口に入れて、香味、のどごしを見ます。


ビールは、他の酒とちがい、きき酒であっても、のみ込んでのどごしを見ないと本当の味がわかりません。


ピルスナータイプの場合には、ホップの苦みが十分効いて、なおかつ苦にならず、あとに残らない、ドイツで言う「エーデル・ビター(高貴な苦み)」が良いとされています。


炭酸ガスの爽快さも大切です。


気の抜けたようなもの、逆に他の味をこわしてしまうほど強いものは良くありません。

ビールの保存管理のポイント

ビールを保管する場合には、以下の点を守って下さい。


(1)日光に当てない。


ビールびんが茶色や緑色なのは、少しでも遮光したいためです。


直射日光に当てたビ`.ルは日光臭という異臭を発します。


(2)暖めない。


保管温度が高いとビールの褐変や味の劣化が早まり、混濁を生じやすくなります。


また、あまり温度を上げると、びん内圧力が高くなるため、ビンが破裂することもあります。


(3)冷やしすぎない。


長期間、冷蔵庫に入れ放しにするとビールがにごることがあります。


これを寒冷混濁といいます。


飲んでも差支えはありませんが、いかにも見た目が悪くなります。保管温度は3℃以上が安全です。


(4)振動を与えない。


ビールが暖かい状態で振動を与えると、びん内圧力が急上昇するので、開栓時に泡が噴き出したり、びんが破損したりする原因になります。


ビールのきき酒の仕方はまず、無色透明のグラスを用意します。


当然きれいに洗ったものでなければいけませんが、ビールの場合は、グラスに油分がついていると注いだとき、すぐに泡が消えてしまい、本来の泡持ちを見られませんから、とくに注意してください。


きき酒をするビールは10℃くらいに冷やしておきます。


スタウトの場合など、常温で飲むものはそのままでも良いでしょう。

ビールの種類 2

(5)ウインナー・・・Wiener


本場ウイーンではスペツィアル(Spezial)と呼ばれます。


こはく色でピルスナータイプよりやや強め。


ドイツ産ではメルツェン(Marzen)がこれに近いです。アルコール分5%以上。


(6)ミュンヒナー・・・Munchner


ドイツ、ミュンヘンで発達した濃色ビール。


カラメル化した麦芽を使用するため色は濃褐色、甘く香ばしい麦芽の香味をもちます。


日本の黒ビールはこのタイプ。


ドイツではドゥンクレス(Dunkles)と呼ばれます。アルコール分4.5~5%。


(7)ペール・エール・・・Pale Ale


イギリスの上面発酵ビール。


色は赤褐色、わずかな酸味とホップの効いた香味を持ちます。


他にややうすいライトエール(Light Ale)、オーストリアのスパークリングエール、フランスのビエール・ルス(Biere Rousse)もこのタイプに属します。


アルコール分は5%内外。


通常、室温で飲まれます。


(8)ビター・エール・・・Bitter Ale


「パブ」で一番親しまれているイギリスの代表的ビール。


色は赤褐色、ホップの苦みが非常に強いです。


炭酸ガスが少なく泡立ちが低いです。アルコール分3~5%。


室温で供されます。


(9)スタウト・・・Stout


アイルランドの「ギネス(Guinnes)」に代表される、非常に色の濃いビール。


麦芽、ホップの香味が強く、アルコール分も高く、輸出向けは7%以上のものが多いです。


通常、室温で飲まれます。


(10)ランビック・・・Lambic


酵母を加えない自然発酵で作られる、ベルギーの古典的ビール。


原料に小麦を使用し、長期間熟成させます。


非常に多くの種類がありますが、一般に酸味が強く、微生物由来の複雑な香があります。


他にランビックから作るグーズ(Gueuze)、サクランボを加えて作るクリケン・ランビック(Krieken Lambic)などがあります。

ビールの種類

ビールは長い歴史を持つ酒だけに種類も豊富です。


(1)ピルスナー・・・Pilsner

チェコスロバキアのピルゼン市に産する有名なビール。


淡い黄金色とホップの効いた爽快な香味をもち、これを手本にしたものが、今日、日本も含め世界の主流となっています。


ラベルにPilsnerまたは-Pilsと書いてあるものは基本的にこのタイプのビールであることを示しています。


アルコール分4~5%。


代表銘柄はPilsner Urquell。


(2)ドルトムンダー・・・Dortmunder


ドイツ、ドルトムントに生まれたビールで、ピルスナーより若干濃く、ホップは控え目。


ドイツではエクスポート(Export)とも呼ばれます。


(3)ドイツ淡色ビール


ドイツに普及しているピルスナータイプ。国内向けは必ず麦芽100%、副原料は使いません。


しっかりした味と若々しいホップの香を持っています。


(4)アメリカビール


アメリカで発達した独特のタイプ。


ピルスナータイプに属しますが、ホップを控え、とうもろこしを主体に副原料を多く使用し、さらに炭酸ガス量を多くしているので、非常に味が軽く清涼飲料的な風味を持ちます。