アメリカの歴史
18世紀のアメリカ政府は当時、マスケット銃の国産化を迫られており、彼が宣伝する「量産技術」に期待するものがありました。
この契約で彼は22万4000ドルという、当時としては大金を前渡しされましたが、銃の完納まで10年かかっています。
そのような納入の遅れにもかかわらず、これに続いて政府は1812年にも1万5000丁の銃を彼に発注しています。
その時も、完納したのは1822年でした。
その直後病にかかったホイットニーは、1825年に60歳で没しています。
ホイットニーが発明した綿繰り機により、綿花栽培は南部において、東は南北カロライナ、西はテキサス、南はフロリダ、北はテネシーにまで広がって、「キング・コットン」とまでいわれる巨大な王国と、これを支える奴隷制度が築かれました。
一方で北部においては自分がこれに加わった大量生産に基づく工業力が形成されつつありました。
・・・その結果、この若い独立国を南北に分断したニ大勢力がやがて衝突するに至る運命を、彼は知らずに死んだのです。