日本が選んだ道
大蔵省、日銀は、慢性的な外貨不足を解消するための金融政策に終始し、円切り上げを含む適切な通貨政策をとることができなかったのです。
また、政策的に見ると、昭和40年(1965年)以後、佐藤内閣によって出された経済計画は、いずれも物価抑制を課題として掲げながら、それに失敗しました。
たとえば「中期経済政策」は「高度成長の歪みの是正」を目ざし、物価上昇率を低くするために成長率を低く見積りました。
しかし、成長の実勢ははるかに高く、したがって物価もそれだけ上がる結果となりました。
官僚の作文と批判されたゆえんです。
昭和40年代を通して、日本は高度成長の効果的な制御に失敗しました。
少なくとも、西ドイツ経済がそうしたように成長から成熟へのゆるやかな着地はできなかったのです。
皮肉なことに、念願の外貨不足が解消され、黒字基調が定着した昭和43年(1968年)ごろからドル安が表面化し、世界は通貨危機の時代に突入していきました。
・・・しかし、日本政府、日銀は外貨不足の呪縛から、円切り上げを前提とする通貨政策を断行することができなかったのです。