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2011年02月 アーカイブ

「魔法の四角形」

西ドイツには「魔法の四角形」という理念があります。


物価の安定を前提としながら、適度な成長、高い雇用率、そしてバランスある経常収支・・・


これら一見矛盾する4つの要素を均衡させていくことが西ドイツ経済の安定につながるという考え方です。


むろん、これら4つの要素が同時に達成されたことは1度もないのですが、政府や連邦銀行当局者たちは「魔法の四角形」を理念として掲げ、その実現を目ざすという姿勢を変えません。


自国通貨を切り上げることは、黒字を減らし貿易相手国との摩擦を回避し、同時に安い外国製品を国内にもたらし物価を抑え経済に安定をもたらします。


1961年のマルク切り上げは適度な成長を保ちつつ、物価安定をもたらす効果を発揮しました。


この時期、西ドイツにおいては「成熟」につきもののインフレは起こらず、物価の安定が維持され、「魔法の四角形」に一歩近づくことができたのです。


こうした「成長」から「成熟」への過程で西ドイツ経済が身につけた原則は、通貨の切り上げが対外関係を改善。


同時に、輸入増のメリットが物価面に波及し、国民の実質的な所得拡大につながる、という確信でした。


自由競争と物価安定を柱とする西ドイツ政府の基本政策がここでも確認されました。

「魔法の四角形」 2

自国通貨の切り上げは当然国内の輸出企業を圧迫しました。


しかし、ヨーロッパ域内においては、1958年以来通貨の自由交換性が回復していたので、西ドイツの輸出企業はヨーロッパの輸出先に直接投資することができました。


これによって、西ドイツの個々の企業はむしろ過度の輸出依存から脱することができ、同時に西ドイツ全体の産業構造もバランスを保つことができたのです。


1960年代の成熟期、消費者物価は、50年代よりやや上昇したとはいえ、なお安定を保っていました。


1957年から67年の間の年平均上昇率は2.3パーセントにとどまっています。


物価に敏感なドイツ人はこれでも警戒心を強めましたが、同じ時期の日本が4.6パーセントであったのに比べればまだまだ低かったのです。


なぜ、物価上昇が抑えられたかは、マルク切り上げという為替政策によるところが大きかったことはすでに述べましたが、もう1つこの時期の労働生産性の高さも無視できません。


1950年代末から始まった労働力不足は、60年代に入って需要超過基調を定着させました。


これを補って外国人労働者が流入しましたが、このころからドイツ人労働者の労働時間短縮が続き、全体の労働力不足と併走する形となりました。


こうした労働力市場の逼迫は当然賃金の上昇を引き起こしました。

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