初のテレビ予備免許
一九五一年九月、日本テレビ放送網設立構想が発表され、テレビ放送の実現がにわかに現実味を帯びてきた。
構想は、まず東京に放送局を建設した後、順次各地に送信所や中継施設を設置し、それらをマイクロ波回線で全国を縦断的に結んで、全国ネットワークを構築する、という大規模なものであった。
日本テレビ放送網は翌一〇月二日、電波監理委員会に免許申請書を提出。
これを機に、それまで時期尚早を唱えていたNHKも方針を転換、テレビ局開設準備を急ぎ、一〇月二七日に免許申請を提出、ラジオ東京など四社がこれに続いた。
初のテレビ予備免許は、五二年七月三一日、日本テレビ放送網一社に与えられ、NHKとラジオ東京については留保となった。
電波監理委員会は、このテレビ予備免許を任務遂行の最後として解散した。
NHKは約五カ月後の一二月二六日に予備免許を与えられました。